まだまだ、おこさまらんち

顔色が悪いだけの人生

未来から逃れるために過去にダイブする。

写真のなかの私は笑ってる。鏡では見られない笑顔で。

そんな自分を見つけるたび「明日もいつか振り返れば楽しかった思い出になるよ」と自分の背中を押す。

「変わらないもの」の安心感
変わらないものが好きだ。大好きな絵本やあの小説、写真のなかのお母さんの笑顔、そして、過去の思い出。

過去は変わらない。もう過ぎてしまったものだから。楽しかった思い出はカプセルに入れて頭のなかに保存する。いつでも「その日」に戻れるように。

毎日が不安だ。家事に仕事、私に関わってくれる全ての人との関係、大切なもの、大切なことを「きちんと」できているのか。明日も「しっかり」一日を過ごすことができるのか。

「きちんと」も「しっかり」も何が基準になっているか自分でもわからない。具体的に伝えられないものを人に押し付けることは嫌いだけど、自分にはそんなことを27年間押し付けている。

そんな自分で自分にかけるプレッシャーから逃れるため、私は、過去に潜り込む。

 

未来に希望が無いわけじゃない
べつに未来に希望がないわけじゃない。

いつかお母さんになって、子どもの運動会の親競技で活躍したい。
仕事を軌道に乗せて友だちを巻き込んで楽しい時間を過ごしたい。
老後は旦那と世界中を見に行きたい。

ただ、今まで自分の求めていた結果を得たことがないだけ。

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97年の私。カメラに向かってピースして笑顔をみせてる。自分で見返してもかわいい女児だと思う。でも、前髪をみると悲しい気持ちが溢れ出てしまう。

初めての挫折は小学校受験に失敗したこと。

幼稚園から帰ると幼児教室に行き、お母さんと離れたくないのに名門校を目指す同世代と一緒に合宿に参加した。

問題にエクレアが出たときはエクレアが何かわからず先生に聞くと授業後に「あきこちゃんはエクレアを知りませんでした」と母が先生に責められていた。

小さな身体に相当なプレッシャーがかかっていたんだと思う。
第一志望校だけでなく、滑り止めの学校に落ちたとき私は自分で前髪を全部切った。

離婚後、私を一人で育てるだけでも大変だったのに受験勉強をさせてくれた母に対する申し訳無さと、自分に対する絶望感から出た6才児なりの自傷行為だ。

学生時代はいじめっこに怯えて暮らし、LD、ADHDだということもあって成績が落ちていくいっぽう。

何をやってもダメ、何もできない、何を達成できない。

27歳になってもそんな風に自分を蔑んでる。

 

思い出話しで「完全」になれる

―私たちが考えなければいけないのは、人が生まれてくるということは一切の注文を排してあなたであればいいのだよ、それが1番あなたらしい生き方なんだよ。

そう語りかけてくるものに耳を傾けていくことしかないように思います

ー「悲しみに見を添わせて」(祖父江文宏著)

プラトンが言うように人は神によって半分にされ、もう半分を探すために生き続けなければいけないんだと思う。

失った部分が埋まることで満たされるものが「愛」ならば、私にとって思い出話しは「愛」を感じられるものだ。

誰かが私からは見えない私を持ってる。それはきっと失った私の半分。

そうやって、人の頭の中に置いてもらえているということは誰かが私の存在を肯定してくれてるってこと。

私はそこにすがって生きているのかもしれない。

 

過去は「うつむいて差し出す」もの
武田百合子が文集「日々雑記」のあとがきでこう語っている。

私の五番目の文集です。四番目の『遊覧日記』から五年経ちます。なかみは変わり映えがありません。

うつむいて差し出します。

過去なんて日常の繰り返しで振り返れば変わり映えのないものだってことはわかってる。でも、自分に優しくするためにも「変わらない」過去は必要不可欠だ。

不安で眠れない夜を迎えるのは明日の自分が「きちんと」、「しっかり」できるかどうか。でも、数日経てば過去の自分を愛でている自分がいる。

わかってるんだよ、未来ってそこまで怖いものじゃないし。私はそこまで悪い人間、ダメな人間じゃないってこと。

でも、そこをなかなか認めてあげられない。

文中の風物も、今日訪ねて行ってみれば変るか消えるかしているでしょう。

ー「日々雑記」(武田百合子著)

大晦日までに腹筋が割れたら、自分を認めてあげようと思う。

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