まだまだ、おこさまらんち

顔色が悪いだけの人生

ねぇ、きみは私をみてる?

朝起きて顔を洗って寝癖を整える。ズボンを履いてスーツのジャケットに腕を通して、お盆休み開けの憂鬱を目一杯詰め込んだカバンを持って家を出る。

 

「いってらっしゃい」のハグも、「いってきます」のキスも無い。

 

家に帰ってきたときはしおれたきゅうりのような顔。背中から「しんどい」という心の声が聞こえてくる。両手を広げて出迎えると「疲れてるんや。勘弁してくれ」と私を突き放す。

 

ダイニングテーブルの上に並べられた食事をみてため息をつく「今日は魚か…肉がよかった」「俺、玉ねぎ、いややねん」。

 

布団に入るときは私に背を向けて寝る、「おやすみ」のキスもない。

 

仕事を辞めてもうすぐ半年。

 

日中は家の掃除をして洗濯物をして、夕飯とお弁当用の食材を買いに行く。

 

18時になると「そろそろかな」と見ていたワイドショーを消して「昨日はお肉だったから今日は魚にしよう。最近根菜食べてないなぁ…にんじんがあるぞ。でも、にんじんって調理するのめんどくさいんだよなぁ」とぶつぶつ言いながら台所に立つ。

「このおかずでこの前ご飯をおかわりしていたから、今日は多めに炊こう」家に帰って一緒に過ごす時間を楽しみに、帰ってくるときを待っている。

 

「奥さんが専業主婦なのはしんどいよ」元同僚に言われた一言だ。

 

「え?家に帰って奥さんがいたら嬉しくない?」と聞くと言いづらそうに「いやぁ。だって社会とのつながりが俺だけになるじゃない。疲れて帰ってきて手料理を褒めるとか家事に対して感謝の言葉を言うとか、しんどいよね。人間ってやっぱり『認められたい』っていう気持ちがあるからさ、そこをないがしろにすると関係も悪化すると思うんだよね」と答えた。

 

それを聞いたときは「へー私別に平気かも」と流していたが、今は元同僚が言っていたことがよくわかる。

 

専業主婦といえど、フリーでいただいているお仕事がある。

 

でも、ほとんどが家での作業で、仕事が一通り片付いたときに「おつかれ」と言ってくれる人はいないし、悩んだときに「どした」と言ってくれる人もいない。

 

気づけば、家に帰ってくる旦那を待ちわびる単なる寂しさの塊になってしまった。

 

GWやお盆、SWそして正月、彼は長期休みがあけると必ず冷たくなる。

 

今の状態が続くのもそう長くはない。でも、果てしなく長く感じてしまう。

 

普段であれば「今日ゲームするからはよ終わらせてくるわ」と私を抱きしめ「いってきます」のキスをする。お弁当を食べ終えれば「うまかった!ありがとう」とLINEがくる。

 

家に帰れば両手を広げて出迎える私を抱きしめ「今日は何してたん?」と尋ね、ネクタイを外しながら夕食を前にして「上手にできたな、うまそうや!」と笑顔を見せる。

 

食事が終わればふたり並んでバラエティを観て、一緒に布団に入り「おやすみ」と優しくキスをしてくれる。

 

そんな時間がやっぱり恋しい。

 

今の彼をみていると「ねぇ、私はここにいるよ」「私をみてる?」とつい言いたくなる。「2人で心地よく過ごせる環境を私はつくってるよ」って。

 

でも今はそれをぐっと飲み込むんで、眠る彼の背中にそっと頬を寄せて「明日はぎゅーってしてね」と彼には聞こえない声で語りかける。